師匠は
おもしろい。
なにが
どうおもしろいのって
問われても、なかなか
うまく説明できん。私の周囲には
全くいなかったタイプの
人物である。
まあつまり、とっても
観察しがいのある存在、ということだ。
はじめて師匠と話した
時、私は
衝撃を受けた。
一体この人って、どういう思考の持ち主?交わしている会話の内容がすべて理解できたわけでは、無論、ないのだが、今まで私が
知りたかった、
話して
欲しかった、
「そう、そこそこ、それなのよぉ」
というような、
核心をついたようなことを
さらりさらりと言葉にしたからだった。
専門家や研究者と呼ばれる人々の間に
身を置いてはきたけれど、ここまでの衝撃を
受けたことはなかったような
気がしたのだ。もちろん、私の周囲には
尊敬すべき、
愛すべき
人々がいて、
クソガキの如きお子ちゃまだった
私は、その人々に
見守られていたからこそ、どうにかこうにかやってこられたのだ。
それでも。
やっぱり師匠の言葉は、
強烈な
輝きをもって、胸に
飛び込んできたことは間違いない。この人は、ほかの人と
何かが違う。そう
感じたことも間違いない。
一目惚れってヤツ?ヒューヒュー。今ではその場の雰囲気をうまく
操作しながら、会話をよどみなく
つなげていくことが
上手になった師匠であるが、
若かりし頃はその辺りのことは
苦手だったように思える。
年の
功なのか、社会経験で
培った
技なのか、発言する
ここぞというタイミングと会話の
間をとることが
上手くなった。眉間に皺が寄るような難題が絶え間なく飛び込み、真反対の意見を衝突させながらも物事が流れるように調整・交渉をし、それに伴う書類の山に追われ続けたら、
鍛えられないわけがない。
頑なでもなく緩やかでもなく。推しすぎず引きすぎず。モラルを損なうことなく。バランス感覚は
絶妙だ。
お付き合いを始めたころに
感じた「
一体この人って、どういう思考の持ち主?」という衝撃には、
尊敬の念が込められていた
時もあったし、一言簡略に
申し上げるとするならば、
「
変な人」
と首を
傾げたくなるような
時もあった。その場の雰囲気と会話の流れとは
一切無関係に、唐突に、
「実は僕が思うに、国家の形成というのは・・・」
「アジア全体からみないと日本の歴史というものは・・・」
「すなわち、騎馬民族国家説というものは・・・」
と、
自説を展開し
始めてしまうのである。相手が聞いていようが聞いていまいが、
一切かまわずに、まるで自分の
思考の深淵へと、自分自身を引きずり込むかのように、訥々と延々と話が
続くのだ。まあ聞いているとおもしろい内容ではあるので、私は耳を
傾けていたのであるが、
えーと。今までの会話とどうつながっているんだろう?
えーと。なぜ唐突にこの話になったんだろうか?と頭の片隅に
疑問を
感じつつも、師匠の語り口に
ずるずると引き込まれ、コーヒーを飲みながら
ふむふむ頷いていた。1時間ほどすると、師匠はふと
我に
返ったかのように、
「ああ、ごめんごめん。こんな
話、難しくておもしろくなかったかなあ」
と、
恥ずかしそうに
笑うのであった。専門的なところの興味は
一致するので、おもしろくないことはなかったのだが、
真の理解をしていたかは
怪しい。わからない用語もたくさんあった。わからないのをわかった
風にしていても、この人にはばれてしまうし、太刀打ちできない。
知ったかぶりは恥ずかしいだけだ。また、きちんと理解できないのも
モヤモヤして気持ちが悪い(
悔しい)ので、わからないことは素直に、
「えーと、今の用語、わからないんですけど」
「えーと、日本語で訳すとそれはどういう意味?」
「えーと、つまりこれはこうでああでこういうこと?」
と確認することにした。それは今でも
変わらない。
が。
最近は、
明らかに聞き
流していることが多くなった弟子。師匠は気がついているだろうが、私は結構、
上の空。でも私には良いのか悪いのか、
得意技がある。人の話を
全く聞いていなくても、
絶妙なタイミングで
うんうんと相づちを
打っているらしいのだ。それはカエル姉さんに指摘されて
気がついたのだが。最近はカエル姉さんには見
抜かれちゃうけど。あ、師匠にも見
抜かれているな。見抜かれているというよりは、師匠が話をしている
途中で
ぐうっって
寝ちゃうもんだから、
諦められているといった方が正確だな。師匠の声は、
心地よいといえばよいので、
子守歌になってしまうことも(我ながら、
凄い言い訳だ)。
そうそう。
師匠の
おもしろいところと言えば、
遠くはよく
見えているけど
近くは
全く
見えていないってこと。
老眼、という話じゃなくって。師匠はとても
視力がいい。以前、一緒に仕事をしていた時のこと。外での作業が夕方にかかってしまった。薄暗い森の中で実測をするのは限界だろうと、みんながやめようとした時、
「じゃあ、ライターを
灯してください。それを頼りにすれば
まだ見えますよ」
へ?こんな薄暗い中で見えるの?とみんなで驚いた覚えがある。
なのに。
なんでこんな
近くにあるのに
見えないの?
って驚くことが
よくあるのだ。
例えば、朝ごはんをちゃぶ台に並べる。基本的には
慎ましやか(と言っておこう)な食卓なので、ごはんとお味噌汁(卵入り)と後は、鮭フレークやら明太子やら漬け物やら、何か一品あるくらいだ。
ごはんおいて、味噌汁おいて。昨日の夕飯の残りと海苔も置いておこう。
ふたりで食べ
始める。食べ
進めているうちに、師匠が口に
運んでいるのはごはんと味噌汁
だけ、ということに
気がつく。残りもののおかずと海苔には
一切、手を付けていない。
「残りものは嫌なのかなあ?海苔は嫌いだったっけ?」
いちいち言うのもあれなので、そのまま食べ
続けていると、師匠のお茶碗は
空っぽになり、味噌汁も飲み
干して、
終了している。
「あの・・・?
なんで残りのおかずと海苔、
食べないの?」
「・・・へっ?・・・あ、ああ。見えなかった、ごめん」
えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ?
み、み、見えない?み、み、見えない?み、み、見えない?み、み、見えない?み、み、見えない?見えないの?
つまり師匠は、これとこれって思い込んだら、ほかのものは
一切目に入らない。視野に入っていないのか、視野に入っていても認識していないのか。だから、
手元に置いてあっても、気がつかないのである。
で。
最近は、
これと
これがありますって
告げるようにしている。もしくは、チョイチョイチョイチョイッってお皿を
動かしたり、箸を大げさに
動かしたりして、
ここよ
ここ!
ここにいるわよ!
って、さりげなくお皿たちの存在を
アピールすることにしている。そうすると、
「・・・ん?んんん?あ、あるのか」
と、師匠も
気がつくらしい。
子どもみたいじゃん。子どもと言えば、本当に子どもは不思議なくらい、見ているようで
全く見ていない。私は2度、小学生の男の子が
交通事故にあった現場を目撃しているのだが(幸い、怪我はなかった)、
えええええええ?って、びっくりするくらい、車の
存在を認識していない。車がまさに、子どもの
前を
通り
過ぎようとした瞬間に
ぽんっと自転車で
飛び出して、車とぶつかったのだ。
近すぎて見えてなかったのか、左だけ確認して
右は見なかったのか。そ、そ、そこで
飛び出すか?って驚いてしまった。
豆すけもよく、
物と衝突しているようだ。みんなで鬼ごっこをしていて、わあっと声を上げて後ろを向きながら走り、
前を向いた
次の瞬間、
柱。
柱と
ごっつんこ。顔面
強打して、
血だらけになった模様。見えていないというより、物との
距離感が掴めていないのかも。私も小学生の頃、雪合戦をしていて、雪の玉を
避けようと
左に首を
曲げた瞬間、
ブロック
塀。
がっつんと左おでこを強打。たんこぶ
作って、オババが帰ってくるまでカエル姉さんに見
守れながら布団で
寝ていたな。夢中になってブロック塀と自分の位置関係を
忘れちゃった。
さて。傷だらけながらも目一杯
楽しく
遊んでいる豆すけ。
GW・我が家滞在3日目は、豆すけの遊びではなく、
私の行きたいところに付き合ってもらうことに。
笠間の陶炎祭。
最終日に行くのは、はじめてだ。
出遅れたせいか、途中から駐車待ちの車の
列が出来ており、進まなくなった。これではいつ、会場に着けるかわからない。道沿いに立てられた
「有料駐車場→」の看板が目にとまり、今回はそちらに車を止めることにした。
どんどんどんどん。看板を頼りに車を走らせるも、一向に着かず。会場から
どんどんどんどん離れていき、ようやく到着したと思ったら、あらら、これって我が家から
すぐのところじゃないか。畜産試験場の跡地が広い有料駐車場となっていた。
待機していたシャトルバスに乗り込んで会場へと向かう。途中から一般車が入れない、会場までの
専用ルートがあるので、渋滞に
巻き込まれることはないから安心だ。
予想どおり、会場は
人だらけ。人の熱気で
熱いのではなく、快晴の空の下、日差しを避ける場所も少ないので、とにかく
暑い。
じりじりと
焼けるので帽子と日焼け止めは必須。
となると、当然、豆すけは
ぐだぐだモード。
運良くベンチが空いていたので、オババとオジジと豆すけはそこに座って待っていることに。

オババが買ってきた木の葉のピザを食べている間に、私とカエル姉さんでテントを回ることにした。
帽子を忘れたので、手ぬぐいを頭に巻いて、暑さをしのぐ。

一度戻ると、木陰ができる位置に移動していた3人。風が吹き抜けてはいる。再度、出かけようとした時、途中で
アイスクリームののぼりを発見。

湯葉と塩といちごを買って戻り、みんなで食べる。豆すけの機嫌が少し回復したところで、一緒にテント巡りをすることにした。
が、人は凄いし、足下は油断するとぬかるみにはまるし、目を離すと豆すけは売り物を壊してしまいそうなので、ヒヤヒヤである。カエル姉さんは豆すけを励ましながら、どうにか歩かせるのだ。さすがお母さん。
確かに暑い。

とりあえず、一通りテントを見て回ったので、早々に撤退することにした。
同じ被災地。余力のある方が手を差し伸べる。

福島の相馬焼なども出店していた。
小腹がすいたので、家に戻る前にモスで休憩も兼ねて、軽くごはん。

豆すけはとびきりチーズバーガー。
私とカエル姉さんは、ナンタコスを半分こ。

あとはみんなでポテトなどをつまむ。
家に戻ると、昨日の夜
到着したカエデちゃんが師匠を手伝って、庭の砂利を敷いたり、書斎の整理をしたりしてくれていた。豆すけの遊び相手にもなって、ふたりで対戦ゲームを楽しそうにやっていた。豆すけは、カエデちゃんと遊べるのが楽しくて仕方ないようだ。
さて、
夕ごはんは混雑覚悟でお
外ごはん。遊びに来たら必ず行くお気に入りの
あいよ寿司へ。家族連れが何組も待っていたけれど、30分くらい
待ってみんなでまとまって、カウンター
席につけた。

豆すけは
慣れたもんで、誰に聞くこともなく、
ひとりで注文を
始める。
「まぐろの赤身と真イカを、わさび
抜きでください」
自分の食べたいものを
どんどん注文する豆すけ。時折、カエル姉さんに勧められたものを注文しながら、ひたすら食べ続けた。デザートのソフトクリームを食べて終了。いつもなら私は師匠と一貫ずつ分け合うのだが、離れて座ったので、ひとりでバクバク食べていたら一気にお腹いっぱいになっちゃった。でも、よく考えたら、オババと半分こにすればよかったのだ。こりゃあ、ぬかったわ。
翌
朝の朝ごはん。
昨日、帰りがけに買ってきた
石窯パン工房 カンパーニュのパンを食べる。近くに出来たことは知っていたのだが、なかなか機会がなく、昨日、はじめて行ってみたのだ。
千葉では、
石窯パン工房と名前のついたお
店があっちこっちにあったのだが、売り場のレイアウトやパンの種類、販売の仕方まで、そっくり
同じ(同じ系列なのか、プロデュースする会社が同じなのかはわからないが)。茨城ではこういうタイプのお店をあまり見かけないなあと思っていたら、灯台下暗し、近くにカンパーニュが
開店していたのだった。
豆すけは、コーンピザとウインナーとかわいいクリームパン(かな?)。

惣菜・菓子パンがたくさん並んでいて、次から次へと焼きたてが出てくる。選ぶ方も頭がぐるぐるしてくる。

だから、何を買ったのか、食べないと思い出せない。
オババが選んだ、フレンチトーストのあんこバージョン。

シベリアみたいで美味しそう。私も好きだなあ。
カエデちゃんも起きてきて、みんなでちゃぶ台を
囲む。

コーヒーとエジンバラクイーンのミルクティーを一緒に。
特急の時間が差し迫ったカエデちゃんは、慌ただしく師匠の車に飛び乗った。カエデちゃんと一緒に写真を撮りたかった豆すけだったが、時間がなく断念。カエデちゃんを見送る
後ろ姿が
寂しそうだったな。
その後、豆すけは師匠の後を
チョロチョロついて回り、野菜の苗に添える支柱を立てるお手伝い。

しばらく
放置していた私の愛車(大震災の時の相棒)の空気入れのお手伝い。

その自転車にまたがって乗ろうと四苦八苦していたが(いくら私がオチビでも自転車のイスは豆すけには高いのだ)、師匠にイスに座らずに漕ぐ方法を伝授してもらい、どうにか乗れて満足。

結構、
チャレンジャーな豆すけである。
道路が混むといけないからと
早めに帰った実家軍団。その後、ヒョウと雷に襲われた茨城。早く帰って
正解だった。

ちょうどその
時、モスに行っていた私と師匠は、足止めをくらう。コーヒーを飲みながら、嵐が去るのを待つことにした。

師匠の車はモスの駐車場でヒョウに襲われ、1カ所、ちょっとへこんだ。新居にはヒョウ対策としてカーポートを設置したばかりだったのに、かわいそう。
私の
愛車 軽トラは無事。
「南から
どんどん怪しい雲が来るなあ」
空を見ながら師匠がぽつり。それは、竜巻で大きな被害を受けたつくば方面からの雲だったのだ。せっかく大震災の傷が癒えつつあったころなのに。しかも師匠によれば、つくば市の北條地区は、「筑波道」が走るとてもいい風景が広がるところとのこと。早く
元の姿に戻って欲しい。
実家軍団が去ると、また静かな
ふたり暮らしに戻る。この日の夕ごはんは、焼き肉パーティーの
残り物をお皿いっぱい、並べる。
ポケットファームどきどきで買ってきた、
茨城産の野菜たちをたっぷりと。ちなみにルッコラは、家庭菜園のもの。
ローズポークの塩豚をゆで豚にしたものを添えて。

オジジがおみやげに
持ってきてくれた、お気に入りの日本酒。
ほぼ師匠が飲んじゃった。
またの
ご宿泊をお待ちしております。
おまけ。陶炎祭で
目に留めった
器たち。

手前は、たまご(新進作家)コーナーに出店していた
シモヤユミコさんのもの。一番奥の蓋付き器は、
大関信一・美智代さんのもの。
真ん中はお得カゴに入っていた、
須恵器によく似た器。一目で気に入った。
大事に使おう。
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